一、慈覚大師円仁の ”入唐求法巡礼行記”
二、玄奘三蔵の ”大唐西遊記” (西遊記)
三、マルコポーロの ”東方見聞録”
お釈迦様生誕のインドの聖地から仏教が途絶えていましたが、今、復活の礎が見え隠れしています。貧富の差にあえぐ人々はお釈迦様の”人は平等である”ことを理念に、それにはやはり教育をうけることから....サンガラトナ.法天.マナケ師の尽力...もさながら、今、わが国内はどうでしょうか?高度な学力を得ながらも心満たされない若者の昨今のメヂアを賑わすニュース報道の数々に益々憂いを感じませんか?
仏教の教えをナーランダ大学で学んだ玄奘三蔵は大量の仏典を中国へ持ち帰ったといいます。所謂《孫悟空》で有名な”西遊記”に物語る、旅道中記といった方がわかりやすいと思います。その仏教の教えを、難解なサンスクリット語を、中国語に翻訳したのが、霊仙三蔵と般若三蔵です。 円仁の巡礼行記に僅かに書き記され、親日家であったアメリカのライシャワー中日大使によって、解読され、世に出たということは、大変珍しいお話ですね、そして、その事を立証したものが大正2年、滋賀県大津の石山寺様の蔵書庫から見出され、初めて霊仙様が歴史上に登場してきたということです。
お釈迦様は’人はみな平等である’ことの他、’生きることは,苦の世界である’と。だからこそ、苦の世の中で生きる私たちの人生を如何に人間らしく生きるかを解いておられるのだと思います。今のこの時代だからこそ、もっと、宗教や宗派にとらわれることなく、日々の生活のなかに生かされ、暮らしを見つめなおす時代ではないかと、痛感せられたインドの旅でした。